極茶 ~kiwamecha~

玉露 160g缶箱入り 税込10,800円

抹茶   30g缶箱入り 税込5,400円

煎茶 160g缶箱入り 税込5,400円

雁ヶ音160g缶箱入り 税込5,400円

昭和45年宇治市より無形文化財の指定を受けた、幣園十四代目園主 吉田喜三郎譲りの栽培製造技術にて数ある自家茶園のなかでも、特に肥培管理の行き届いた茶園より摘採し製造した品です。 そして幣園は宇治茶発祥の地、京都栂ノ尾高山寺に今も残る、日本最古の茶園を肥培管理させて頂いており、其の山主 葉上照澄阿闍利様の絶賛を頂き命名して頂いたのがこの「極茶」でございます。


茶作り一筋十六代 伝統の技をいまに伝える…

宇治茶の起こりと丸利 吉田銘茶園

今から約800年の昔、京都栂ノ尾高山寺の明恵上人は栄西禅師が中国(宋)から持ち帰られた茶の種子を分与され、栂ノ尾にその種子を播かれました。なお、これを宇治の黄檗山万福寺の門前に分かち植えられたのが、宇治茶の始まりと言われております。

弊園は、この宇治の地で茶祖の教えを未来に引き継ぐべく日本最古茶園(京都栂ノ尾高山寺茶園)を守り、吉田喜三郎、利喜三、利一と茶作り一筋に十六代、歴史ある生産家として日々良質の茶作りに精進し、宇治茶全体の発展にも尽力しております。尚、全国及び関西製茶品評会には毎回出品しており、
毎回入賞しております。特に一等一席の農林水産大臣賞は第1回をはじめ20回をも獲得しております。丹精込めて肥培管理された茶園より摘み取り、最高の技術で揉みあげた当園の宇治茶を一人でも多くの皆様にご愛飲いただければと思います。

日本最古の茶園と高山寺

連綿と受け継がれてきた宇治茶の歴史、その元を辿れば高山寺に行き着く。
その昔、中国から栄西禅師により持ち帰られた茶の種子を高山寺開祖・明恵上人が分与され、栂ノ尾に播種された。
上人は茶の功徳(効用)をあまた衆生へ伝えるべく宇治その他の地域に広められ、なかでも宇治は地理的にも恵まれ、また先人の精進により日本茶の代名詞とまでなった。
しかし時は流れ人の好みも変遷を見るが、茶の本来の阿留辺幾夜宇和(あるべきようわ)とは。
その答えは茶の原点返るしかない。
弊園は茶祖の教えを未来に引き継ぐべく日本最古の茶園(高山寺茶園)を守り、茶の本来の阿留辺幾夜宇和を探りつつ茶造りに精進しております。

阿留辺幾夜宇和(あるべきようわ)とは、「今この時点で自分が成すべき事に最善を尽くす」という明恵上人の教え
※十四代園主 吉田喜三郎から始まり、日本最古の茶園(高山寺茶園)の肥培管理を高山寺より引受け管理させて頂いております


宇治茶手揉み製法

元文3年(1738年)永谷宗円翁、青製煎茶製法を創案した。
それまでは、中国の流れを汲み、茶の芽を釜で炒って、ムシロの上で手足によって揉み、日光で乾燥させた、釜炒り茶といわれるものであった。
翁は、この製法を改良し、ホイロで乾燥しながら手で揉む製茶法(青製煎茶製法)を始めた。
この茶は、従来の茶に比べて色沢香気ともに優良で、江戸をはじめ各地において評判を博した。
その後、多くの人々によって改良を加えながら、今日の手揉み宇治製法が完成された。
この手揉み製法が全国銘茶産地に広められ、現在各地で保存されている手揉み技術の大半は、宇治製法の流れを汲むものと思われる。
弊園十四代園主 吉田喜三郎が保持していた玉露の手揉み製法は、この宇治製法を正しく受け継ぎ、更に技術改良を加えたものである。
昭和44年3月3日宇治製法技術保存協会が結成され、翌年10月「宇治茶手揉み製法」が無形文化財に指定され、その保持者として弊園十四代園主 吉田喜三郎が認定された。

※写真は十六代園主 吉田 利一(宇治茶製法手揉み保存協会 会長)